2006/01/20

TITLE:「 天皇杯(3) 

THE LAST SAMURAI Tomislav Maric

トミスラフ・マリッチ。この男は天皇杯で浦和の伝説になった。シーズン途中で移籍したエメルソンに代わるFWとして彼を評価していたのは当初、ギドだけであっただろう。もちろん俺もエメの代役にしては物足りなさを感じていた。リーグ戦では今ひとつ存在感を醸し出せなかったマリッチだが、しかし天皇杯はまさにマリッチの為の大会であった。

四回戦  浦和2-1山形 マリッチ(55分・57分)
五回戦  浦和2−0F東京 マリッチ(30分)山田(61分)
準々決勝 浦和2−0川崎 マリッチ(68分)堀之内(73分)
準決勝  大宮2−4浦和 マリッチ(23分)長谷部(62分・延12分)山田(延5分)
決勝   浦和2−1清水 堀之内(39分)マリッチ(73分)

マリッチは全ての試合でゴールを挙げている。特に決勝の決勝点となった得点は長谷部→ポンテ→赤星→ポンテ→マリッチと流れるようなパス回しからの流麗な得点で今後も語り継がれるものになるであろう。この得点の肝は暢久に代わって入った赤星のワンタッチのつなぎであり、ポンテのグラウンダーのクロスのニアに走り込んだマリッチの感覚である。試合後は延々とマリッチコールが鳴りやむことはなく、その声援に応えマリッチはスタンドまで駆け上がってくれた。そのシーンを以てマリッチは浦和の生ける伝説となった。

天皇杯は別れの大会でもある。国立でのマリッチのそのシーンは過日のオジェックとウーベの事を思い出す。両者とも美しい思い出である。美しい思い出のはずである・・・・はて、オジェックとの別れはそんなに美しかったのであろうか・・・・オジェックとの別れと言えばこの国立の他に駒場のラストゲームで場内すべてに頭を深々下げて去っていったオジェックを思い出す。俺達は涙に暮れ、別れを惜しみ・・・ちょっと待て。なんで、そんなに優秀な監督ならそのシーズンに辞めなくちゃならなかったんだ?よく思い出せ。オジェックが辞めることは俺達が望んだ結果じゃなかったのか?
曰く「選手起用・交代がワンパターン」
曰く「戦術がカウンター一本槍」
曰く「ギドとオジェックならギドだろ」(ギドとオジェックは仲が良くなかった)
曰く「もうオジェックはいろんな意味で限界」
と好き勝手な事を言ってなかったか?自分でも無理矢理思い出さなければ思い出せない程風化した記憶になってしまったが。

それを踏まえてマリッチの事を考える前にもう一人、マリッチの前に「兄貴」と形容されたアルパイの事を思い出してみよう。彼は去年追われるようにレッズを去った。新潟アウェイでの試合で退場した時、コールリーダーの先導無しで起こったアルパイコールが、コールリーダーの先導で起こった浦和レッズコールに掻き消された事が象徴しているようにアルパイはその前のシーズンほど愛されていなかった。ゴールマウスに旗を突き立てたアルパイ、あの時の彼は愛に包まれていた。サポーターからの愛、可愛い息子からの愛、サッカーの神様からの愛。間違いなく彼の周囲全てから祝福されていた。それが半年も経たない内にあの変わり様はどうなのであろう?それがプロであると言ってしまえばそれまでであるのだろうが。

マリッチは天皇杯で伝説になった。なったが、俺達はその少し前に行われた千葉戦の後に彼に対してどんな行いをしたのだろう?バスに乗り込むマリッチに対して「お前もういらねぇ」とばかりに首切りのポーズした奴いただろ。その後の磐田戦で試合前にコールしたか?ネットや試合後の居酒屋で不要論頻発してただろ。結果が出なけりゃ叩かれ、結果を出せば持ち上げられる。それはもちろん前述のようにプロとして当たり前なのだが、サポーターとしてはどうよ。どうなのさ。「静観」の時もそう思ったが、選手に対して厳しい要求が出来るのは愛しているからなんだろう。それは否定しない。だけど、甘やかすのとは違った意味で結果が出るまで支えるのも充分ありだろ。即物的な対応しか出来ねぇ奴が多過ぎじゃねぇか、俺達。

今現在マリッチの所属しているTSG Hoffenheimの公式サイトの彼のプロフィールに
Lieblingsverein(好きなクラブ): Urawa Red Diamonds
と書かれている。
この意味をしっかり胸に刻もう。美しい思い出も苦い思い出も忘れないようにしよう。
憶えていること。俺に出来るのはそれぐらいだから。

コメント

信頼の表現とは

この件、以前からモヤモヤと感じていました。どうやったら信頼を表現できるんだろ。


コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する