2006/03/13

TITLE:「 第二節 ジュビロ磐田 埼玉スタジアム 

Antithese
浦和3-1磐田 得点者:闘莉王・アレックス・ポンテ(浦和)茶野(磐田)

出発点である定立が発展の過程で否定され,全く新しい段階として現れた状態を反定立と言う。先週末にジュビロ磐田と思わしきチームと試合をした。ピッチに登場した選手は確かにジュビロの選手であった。名波であり、服部であり、田中誠であり、鈴木秀人であり、西であり、途中から投入された中山であり、彼らはジュビロがジュビロたる所以の選手である。が、一番ジュビロを感じさせてくれたのは、その誰でもない菊地であったのは皮肉以外のなにものでもない。そして彼はきっと次節以降福西の復帰によりまたベンチに姿を消すことになるだろうことは皮肉ではなく悲劇なのかも知れない。

もし俺がジュビロ磐田を愛していたとしたら、この試合できっとどす黒い感情を抱かずにはいられなかったであろう。そしてそれは捌け口としてどこに向けられたであろうか?

監督の山本昌邦だろうか?
彼の試合後のコメントを読むとジュビロサポのいらつきが容易に想像できる。きっと『チャレンジ・評価できる・手応えもいくつかあった・もう少し時間がかかる・そろって練習する時間がなく・怪我人や体調不良が多い・トライしてます』(http://www.jubilo-iwata.co.jp/live/2006/J060311_719.phpより抜粋)この辺りが神経をチクチク逆撫でするのであろう。多分俺も安易に監督批判にはしっているだろう事は否めない。

俺自身、この試合は得点差以上の完勝と感じていたのだが、ジュビロの選手のコメントを読む限りでは彼らはそう感じていないようだ。得点差はついたが、内容自体は決して悪くはない、もしくは次に繋がる試合だったと言っているように読み取れる。

ジュビロが最後に奪った1得点は彼らにとって大きな希望となったようだ。

パンドラは開けてはならないと言われていた匣を好奇心から開けてしまう。するとそこからあらゆる厄災が飛び出して広まった。急いで箱を閉じたが時は既に遅く、最後の一つを除き諸悪は世界に蔓延する事となった。最後に残ったものが未来を見通せる災いであり、世の中から希望だけは失われずに済んだ。


さて、パンドラの最大の悪行は何かと問われれば、俺は中途半端に希望を残してしまった事であると思う。そう希望が人を殺すのである。願望を希望にすり替えて、人は時として現実を振り返らない。そんな時、その先に待ち受けるのは決まって絶望である。
ジュビロの選手がその罠に嵌っていないことを願うばかりである。もし嵌ってしまったとしたなら、その時は腹を抱えて腸が捻じ切れんばかりに笑ってあげよう。

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1点の重み

ジュビロ戦、3-1で勝ったが、終盤の1失点は余計だと思っていた。その1点が相手に希望を持たせてしまった。0点でおさえて立場が変わったことを認識させなければならないと思っていた。なるほど、そういう視点もあったのか。
  • [2006/03/13]
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